研究室にいたとき、教授に言われたことがある。「研究というのは、自分で課題を立てる力が必要だ」と。

問を立てれば、研究の6割は終わったようなものだとも聞いた。実際、研究の課題は何で、どういうアプローチをすればいいのか、教授は教えてくれなかった。

一般的な勉強の世界と違い、研究の世界では誰も課題を立ててくれない。工学では大まかな課題があるのだが、研究として考える場合、その大きな課題を細かく分解し、分解した課題のどこに注目するか自分で考えなければならない。

論文を読んでいると、そんな細かい部分に着目した研究があるのかと驚く時がある。



昨今の世界にも、研究と似たような部分がある。

日々、人々の間に潜む課題を見つけなければならない。課題を見つければ、その課題をどう解決するのか、どういった技術やアイデアを用いるのか考える必要がある。

そして、生まれた制作物の是非を開発中に知ることはできない。すべて、市場に出したときの反応からしかわからない。

答えなき世界と言われるのも、ここに一因がある。


そこで重要なのが、答えを「決めつける」力。

もちろん、テキトウに答えを決めつけるわけではない。理論的にはこのような根拠が有り、実験的に試したところこういった結果が得られたからという根拠が有り、綿密な筋道を立てて答えを決めつける。

理論や実験で答えを導いたところで、それが確実に正しいとは限らない。カントの純粋理性批判にあった話では、

「100回試して同じ結果がでたところで、101回目も同じ結果になるとは限らない」
「私達が立てる自然法則は主観的なものである」

結局どれだけ根拠を並べ立てても、得られるのは「可能性の高い推測」であり、絶対的な正しさではない。

そう、絶対的な正しさなどない。

ものの形や色だって、善悪だって、日常にある概念すべては幻想である。人間同士だから成り立つ共同幻想である。



だからこそ、最終的には「決めつける」ことが重要なのである。

正しいかどうかはわからない。間違ってるかもしれない。

それでも、決めつける。


決めつけて、無理矢理にでも行動しなければ、前には進めないからだ。

考えすぎて動けずにいる私達に大事なのは、決めつけて、無理矢理にでも行動することだ。
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